語学や海外の経験はずっと大事だと思っていました。ただ受験勉強以外ではなかなか英語を勉強する機会はありませんでしたし、海外旅行も実は一度も行ったことはなかったのです。
そんなある日、目にしたのが大学生協の語学研修でした。内容を見るとすぐに納得。1ケ月という期間なら春休みを利用していけば大学の勉強に支障をきたしませんし、主催しているのが大学生協でしたから安心感もありました。
そのことを親に相談すると快く賛成してくれました。特に父は若い頃にニューヨークに滞在した経験がとても役に立っていることを話し、「お金のことも心配しないでいいから安心して行っておいで」と後押ししてくれたのです。そんな父の言葉で「一度も行ったことのない海外だからこそがんばってみよう」と研修に参加する決心が固まったのを覚えています。
待ちに待った出発の日がやってきました。研修先として選んだのはロサンゼルス。映画などで有名なハリウッドなどでも知られ、華やかかさも魅力でしたが、僕が選んだ理由は冬でもあたたかそうだったからです。風邪などひいて体調を崩したくないという考えが真っ先にありました。今、振り返れば心配症の自分らしい選択だったと思います。
飛行機で隣合わせになったのは、品の良さそうなアメリカ人のおばあちゃん。ゆっくりとわかりやすい英語で話しかけてくれました。とてもやさしく僕の片言英語もじっくり聞いて理解してくれています。会話の中で僕が語学を勉強するためにアメリカに行くこと、海外に出るのは初めてだということなどをおばあちゃんに説明すると「特にアメリカは日本と違って自分の意志をはっきりと言うようにしたほうがいい」といったアドバイスをくれたのです。
親切なおばあちゃんに出会い、研修の幸先の良さを感じた僕はロサンゼルス空港のロビーに立っていました。そこでは学校側のドライバーの方が、迎えに来てくれる予定だったのです。僕はどんな人が迎えに来るのかキョロキョロしていましたが、実はある一人の人からは目をそらしていました。その人の風貌は映画に出てくるギャングそのものだったからです。ところが一瞬目があってしまったのです。そして私のほうに近づいてきます。真剣にまずいと思いました。ところがなぜかそのギャング風の人が私の名を呼んだのです。どうやらその人がドライバーでした。
この飛行機で来た学生は私一人。その人は車中で「今日はいい天気だね」などと僕に気をつかって話してくれます。今、冷静になって振り返ればきっといい人だったと思います。けれど姿はやはり映画に出てくるギャング以外の何物でもありません。せっかく親切に話しかけてくれているのに僕はほぼ固まった状態でただ小声で「イエスイエス」と繰り返すのが精いっぱいでした。
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